スーツケース生活でも、体と習慣を保つ
「ジムに行く時間、どうやって確保してるの?」と聞かれます。
外から見ると、ノマド生活はトレーニングを不可能にするものに映る。決まったジムもなく、決まったスケジュールもなく、毎月違う街。でも実際は逆でした。頼れる体を保つことこそ、移動を続けられる理由で、ジムは旅に奪わせたくない数少ないもののひとつです。
最初からそう思えたわけではありません。初期は、体がいちばん最初に崩れました。深夜のフライト、慣れない食事、「落ち着いたら戻せばいい」。でも、暮らし全体が“落ち着かないこと”を前提に設計されていると、その「落ち着き」は永遠に来ない。遠回りして学んだのは、周りが常に変わるなら、少なくともひとつ、変わらないものが必要だということ。わたしにとってそれがトレーニングで、一週間の他の予定はそこにぶら下がっています。
住所が絶えず変わるなら、動かないでいるべきは“習慣”のほうです。
場所より、習慣が大事
わたしがした間違いは、フィットネスを“場所”として扱ったことでした。所属していたジム、通っていたクラス、家でしか成立しないセット。それが失われると、習慣ごと崩れる。だから場所に紐づけるのをやめ、代わりに“一週間”に紐づけました。
いまのルールはシンプルで、持ち運べます。どこにいても週に数回トレーニングする。しかも「その場のノリ」ではなく、週が始まる前に日を決める。ホテルのジム、1日券のドロップイン、狭い部屋での自重トレ、本当に他に何もできない日は長い散歩。選ぶ手段は何でもいい。大事なのは、それが交渉不可で、自分と一緒に移動することです。一つの街でしかできない完璧な習慣より、スーツケースに入る習慣のほうが強い。
規律こそが自由
ノマド生活は「構造から逃げること」だという神話があります。わたしの実感は逆でした。どこでも働ける自由は、自分で構造を持ち込んで初めて成立する。外側は何も与えてくれないからです。定時も、通勤も、机で待つ同僚もいない。枠を自分で作らなければ、一日はただ溶けていきます。
トレーニングは、その枠のいちばん正直な形です。自分との同じ小さな約束を、毎回新しい場所で守る。それを守れるかどうかが、残りの時間を「長くて疲れる旅」ではなく「暮らし」に感じさせる。トレーニングした週は、仕事の質も、睡眠も、判断の切れも上がる。手放した週は、自由が“漂流”に近づく。規律は自由の反対ではなく、自由を支えているものです。
一か月ならだれでもどこでも働けます。それを何年も続けるには、一緒に移動する習慣が要ります。
東京はこれがやりやすい
もしあなたが、東京にいる間も体を保ちたいノマドなら、この街はご褒美です。世界屈指の歩きやすい街なので、移動が普通の一日に組み込まれている。小さな街のジムから24時間チェーンまで、ドロップインの選択肢もそこら中にある。さらに東京ならではなのが、区立のスポーツセンターです。各区が運営するトレーニングルームやプールが、多くは1回数百円で使え、会員登録も要らない。旅の途中でも「今日だけ」で立ち寄れるのは、身軽なノマドには本当にありがたい。そしてわたしがいちばん好きなのが銭湯と温泉の文化。長い一日の終わりの熱い湯は、フォームローラーには出せないものを体と頭に効かせてくれます。数百円で、ほぼどの街角にもある。
東京はランナーにもやさしく、フィットネス習慣に組み込む価値があります。走るのが好きなら、東京の公園と皇居ランのガイドから始めるのがおすすめです。歩く、走る、安いジム、そして銭湯。体づくりを義務ではなく「ここで暮らすことの一部」に変えてくれる街です。
目的は腹筋ではない
誤解のないように書くと、これは見た目の話ではありません。移動する暮らしに、健康や気力や“地に足のついた感覚”を静かに奪わせない、という話です。体は、どんな部屋やどんな計画よりも確実に、わたしがどこへでも連れていく唯一のもの。それを大切にすることが、自分で選んだ自由を自由のまま保ち、「あとで回復しないといけないもの」に変えないための方法です。
動く暮らしを選んでいい。ただ、その間もあなたを立たせ続ける習慣を、忘れずに荷物に入れて。